実は、僕は学生時代ゲームプログラマーでした。
当時はファミコンが出始めた頃。
PC88、Z80バリバリのアセンブラーでした。
日本テレネットというところで、ファイナルゾーンとかいうゲームプログラマでした。
演出関係ぜーんぶやってましたね。
今のゲームが映画のオープニングみたいだったのをある意味最初にやった人間でもあります。
FM音源ドライバも独自開発。
もともと音楽もやるので、そうとう凝ったドライバに仕上げました。
ゲーム音楽も通常はMIDIから落とすのですが、あえて、すべて手打ち。
つまり、自分の演奏にしちゃってました。
その当時の仲間が後のウルフチームです。
秋篠くん、池亀くん、(ホエー)桑田くん、林くん(デザイナ)
今思い出しても懐かしいですね。
当時は机の下に寝るような生活。
マシンサイクルを暗算、最速演算するためにレジスタ、裏レジスタを使いまくり。音楽を演奏するために割り込み処理。
メモリ足りないから、V-RAMの未使用領域使ったり、Direct Memory Accessも駆使。PS音だけですべてのドラムサウンド作ったり、
処理プロセスを減らすためプログラム領域とデータ領域を混在させたり。(つまりHL命令とかでデータ待避先をプログラムでデータを戻すところに書き込んじゃう)
てな調子なので、当然デバッガーは動きません。
人間デバッガーです。
寝ている最中にバグがわかって起き出したことも何度か。
コンピュータの気持ちがわかるレベルまで達しています。
(これ、ホントです)
で、みんなでファイナルゾーンのロゴのウルフにちなんで
「『ウルフチーム』でゲーム作ろうよ〜」
なんて、言ってました。
でも、今のカミさん(当時の彼女)に
「体壊すから、やめて」
で、カタギになったわけです(爆笑)
なので、今でもバグ見ると、プログラマがどういう処理したのかすぐにわかっちゃいます。バグ出しの名人かな(笑)
でも、当時楽しかったなぁ。
ファイナルゾーンのエンディングの太陽が沈む演出。
あれ、バグから見つけた方式です。(セレンディピーですね)
どうやってプログラミングしたのかわからないプログラムです。
しかし、わずか64KBのメモリ空間でよくやってたよなぁ。
その後ですが・・・
秋篠くんはウルフチームの社長になって、失踪・・・
池亀くんはグローディアの社長→後にハワイ行き豪華客船に無銭乗船で捕まったとか。
桑田くんは未だ現役のようです。
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